東京地方裁判所 平成6年(行ウ)34号 判決 1995年3月24日
東京都千代田区一番町二三番地二
三四号事件原告
共立酒販売株式会社
右代表者代表取締役
古市滝之助
東京都杉並区高円寺南三丁目四二番一四号
六二号事件原告
合名会社杉並酒販
右代表者代表社員
古市滝之助
右原告ら訴訟代理人弁護士
亀田信男
同
久保田理子
東京都葛飾区立石六丁目一番三号
三四号事件被告
葛飾税務署長 網野登
東京都杉並区成田東四丁目一五番八号
六二号事件被告
杉並税務署長 佐々木宏中
右被告ら指定代理人
秋山仁美
同
佐藤謙一
同
藤野暹
同
堀久司
同
引地俊二
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 三四号事件
被告が原告に対し平成四年七月二日付けでした酒類販売業免許申請拒否処分(以下「本件免許拒否処分」という。)を取り消す。
二 六二号事件
被告が原告に対し平成四年九月一八日付けでした酒類販売場(小売)移転不許可処分(以下「本件移転不許可処分」といい、本件免許拒否処分と合わせて「本件各処分」という。)を取り消す。
第二事案の概要
一 酒類販売業免許制度(以下「酒販免許制度」という。)の概要
酒税法は、酒類には酒税を課するものとし(同法一条)、酒類製造者を納税義務者とし(同法六条一項)、酒類等の製造者及び酒類の販売業者について免許制を採用している(同法七条ないし一〇条)。すなわち、酒類の販売業をしようとする者は、販売場(継続して酒類の販売業をする場所をいう。以下同じ)ごとにその販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならず(同法九条一項)、税務署長は、右の免許の申請があった場合において、同法一〇条各号に定める人的、場所的要件に該当するときは、免許を与えないことができる(同法一〇条)こととされている。
また、酒類販売業者が販売場を移転しようとするときは、移転先の所轄税務署長の許可を受けなければならない(同法一六条一項)ところ、右署長は、移転先につき、正当な理由がないのに取締上不適当と認められる場所に販売場を設けようとする場合(同法一〇条九号)又は酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため、販売場の移転の許可を与えることが適当でないと認められる場合(同法一〇条一一号)に該当するときは、移転の許可を与えないことができる(同法一六条二項)こととされている。
なお、昭和五三年六月一七日付け間酒一-二五国税庁長官通達及び平成元年六月一〇日付け間酒三-二九五国税庁長官通達「酒類の販売業免許等の取扱いについて」の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」(以下「免許取扱要領」という。)は、酒販免許制度の運用方針及び法令の解釈基準を定めている。
本件は、三四号事件原告が同号事件被告に対し酒類の販売業の免許を、六二号事件原告が同号事件被告に対し販売場の移転の許可を、それぞれ申請したところ、右申請がいずれも拒否ないし不許可とされたため、原告らが被告らに対し、酒販免許制度は職業選択の自由を定めた憲法二二条一号に違反するものであるとして、右各処分の取消しを求めている事案である。
二 当事者間に争いがない事実等
1 三四号事件について
(一) 原告は、酒類の販売、調味料及び清涼飲料の販売、煙草の販売等を目的とする株式会社である。
(二) 原告は、被告に対し、平成三年九月三〇日、酒類の販売業の免許申請(以下「本件免許申請」という。)をしたところ、被告は、平成四年七月二日、本件免許拒否処分をした。
(三) 原告は、東京国税局長に対し、平成四年八月二九日、本件免許拒否処分を不服として審査請求をしたところ、同局長は、平成六年四月二五日、右請求を棄却する旨の裁決をした。(甲四号証)
2 六二号事件について
(一) 原告は、昭和二六年三月一日、酒類、塩、煙草、調味料、加工食料品及び家庭用雑貨の販売を目的として、商号を合名会社駿河屋酒店、本店を東京都杉並区高円寺北四丁目一七番一二号として設立された合名会社であり、昭和五七年八月一〇日、商号を合名会社杉並酒販に変更し、同年九月四日、本店を同区高円寺南三丁目四二番一四号に移転した。
(二) 原告は、被告に対し、平成三年六月二一日、移転前の販売場の所在地を東京都杉並区高円寺北四丁目四八四番一と記載して販売場の移転を許可申請(以下「本件移転申請」という。)をしたところ、被告は、本件移転不許可処分をした。
(三) 原告は、東京国税局長に対し、平成四年九月二一日、本件移転不許可処分を不服として審査請求をしたところ、同局長は、平成六年六月六日、右申請を棄却する旨の裁決をした。(甲二一号証)
三 本件各処分の適法性に関する被告らの主張
1 三四号事件について
免許取得要領第二章第一、三によれば、税務署長は、その管轄区域内に小売販売地域を設定し、各年度(九月一日から翌年八月三一日までをいう。以下同じ)の開始前において、当該年度開始直前の三月三一日現在の小売販売地域ごとの人口を当該地域の基準人口(同要領が当該地域の格付けごとに定めたももの)で除して基準人口比率を算定し、当該地域について、当該年度開始直前の八月三一日において既に付与している一般酒類小売業免許場数を控除するなどして、一般酒類小売業免許の年度内一般免許枠を確定し、その範囲内で免許を付与することとされている。
本件免許申請に係る小売販売地域である葛飾区は、東京都の特別区であるから、免許取扱要領上A地域に格付けられ、その基準人口が一五〇〇人と定められているところ、同地の平成三年三月三一日現在の住民基本台帳に基づく人口は四二万三二七二人であるから、同区の基準人口比率は二八二となる。
ところが、同年八月三一日において、同区の既存の一般酒類小売業免許場数が三一五場であったから、同区には、平成三年度内の一般免許枠はなかったものである。(右の点については、当事者間に争いがない。)
そのため、被告は、原告に免許を付与すると、同区における酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認め、酒税法一〇条一一号にいう「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適用でないと認められる場合」に該当すると判断して、本件免許拒否処分をしたものである。
2 六二号事件について
免許取扱要領第五章第二によれば、酒類販売業者から販売場の移転の許可申請がある場合には、移転先の税務署長は、新規免許の場合に準じ、同要領に定める基準を適用して酒税法一〇条九号又は同条一一号に掲げる事由があるかどうかを判断し、移転の可否を決定するが、同一販売地域内における移転において、移転後の販売場が場所的要件を具備している場合で、検査取締上及び酒類の需給調整上特に支障がないと認められる場合には、移転を許可しても差し支えないとされている。
ところで、販売場というには、自らが適正に酒類の販売業を行い得るための販売施設及び設備を有し、現に酒類の販売業を営んでいる場所である必要があるというべきである。
しかるに、本件移転申請に係る移転前の販売場の所在地(本件移転申請では東京都杉並区高円寺寺北四丁目四八四番一と記載されているが、実際には同番二である。)においては、約一〇年前から原告の商業法人登記があるものの、被告が現地調査や聞き取り調査を行った結果、原告が販売場を営んでいるものとは認められず、現に、他の者が営業を行っており、酒税法一六条一項にいう販売場の移転許可の対象となる販売場が存在しないことが明らかになった。(移転前の販売場が存在しないことについては、当事者間に争いがない。)
そこで、被告は、本件移転不許可処分をしたものである。
3 以上によれば、本件各処分は、いずれも適法である。
四 争点
本件においては、酒税法九条一項、同法一〇条一一号による酒販免許制度が、職業選択の自由を定めた憲法二二条一項に違反しないか否かが争われている。
この点に関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。
1 原告らの主張
(一) 酒販免許制度による職業選択の自由及び営業の自由に対する制限の合憲性を審査するには、その規制が必要最小限度の規制か否かという「より制限的でない他の選び得る手段」の基準によって判断すべきである。
そうすると、酒税法が酒類製造者について免許制を採用し、酒税の滞納率が低いことに照らすと、他のより緩やかな規制手段により酒税の確保という目的を達し得るから、酒販免許制度によって酒税の確保をすべき必要性はないというべきである。
(二) 酒販免許制度の立法目的は、既存の酒類販売業者の既得権を擁護することに帰すもので、このような目的は、社会における規制緩和の要請にまさに逆行するものであり、職業の自由を制限する根拠とはなり得ない。
また、酒税収入の国税収入全体に占める割合(ただし、決算額による)は、酒販免許制度が立法化された昭和一三年とほぼ同時期である昭和九年度から昭和一一年度において平均約一七・六パーセントであったが、その後の社会状況の変化と租税法体系の変遷に伴い、平成三年度には約三・一パーセント、平成四年度には約三・四パーセントにまで低下していること、消費税、物品税、揮発油税等の間接税においては販売業の免許制が採られていないことの整合性を欠くこと、酒税の滞納率は、酒販免許制度の立法時から今日に至るまで、ほぼ一貫して約〇・一パーセントという極めて低い率にとどまり、大手酒類製造会社が実質的には酒税の約九五パーセントを納税しているという現状に照らすと、仮に、酒類販売業者の経営が悪化しても、酒類製造業者の経営が悪化して酒税の滞納率が増加するとは考えられず、酒販免許制度と酒税収入の確保との間には合理的な関連性が存するとはいえないことなどにかんがみると、現在において、酒販免許制度を維持する必要性及び合理性は認められない。
なお、酒販免許制度を合憲と判断した最高裁判所判決(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁)は、昭和五一年度における酒類販売業免許拒否処分の違憲性が争点とされたものであるところ、「酒税の確保を図るため、酒類販売業までを免許制にしなければならない理由は、制度採用後四〇年経過した本件処分時にはそれほど強くなく、なお制度を維持すべき必要性と合理性が存するとは思え」ず、立法府の判断は合理的裁量の範囲を逸脱しているとする坂上壽夫裁判官の反対意見が付されているのみならず、右判決の多数意見は、右処分当時の状況を強調して、かろうじて酒販免許制度を合憲と判断したものである。しかるに、本件各処分がなされたのは平成四年であり、右判決後の社会状況の変化や消費税の導入等による租税法体系の変化は顕著であるから、酒販免許制度の合理性が失われたことは明らかである。
(三) したがって、酒販免許制度は、立法府の合理的裁量の範囲を逸脱しているものであり、憲法二二条一項に違反するというべきである。
2 被告らの主張
(一) 租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可性による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱すのもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項に違反するものということはできないというべきである。
(二) 酒税は、間接消費税の一種に属し、最終的には消費者に転嫁されることを予定して納税義務者である酒類製造者に賦課されるものであるところ、酒類製造者が、酒類の販売代金を確実に回収して、その税負担を消費者に円滑に転嫁するためには、酒類販売業者が重要な役割を果している。
そこで、酒販免許制度は、酒類販売業者の濫立を防止して、酒類販売業者の経営の安定や酒類の需給の均衡維持を図るとともに、一定の身分的要素を欠く者を酒類販売業者から排除することにより、消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を阻害するおそれのある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除し、もって、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を実現することを目的として、昭和一三年法律第四八号による酒造税法(明治二九年法律第二八号)の改正により採用され、酒税法に受け継がれたものである。
ところで、酒税は、沿革的にみて、国税の全体に占める割合が高いとともに、酒類の販売代金に占める割合も高率であるから、酒税法が、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のために酒販免許制度を採用したことには、必要性及び合理性があったものというべきである。
しかも、消費税の導入等により、酒税収入の国税収入全体に占める割合が相対的に低下し、一般会計分決算額における酒税収入の国税収入全体に占める割合は、平成四年度においては約三・六パーセントになるとはいえ、酒税収入は、金額的には約一兆九六〇九億六一〇〇万円、税目別では五番目の財源であること、酒類の販売代金の占める酒税負担率は、約四〇パーセントを超える高率であることに照らせば、酒税の賦課徴収の仕組みがいまだ合理性を失うに至っていないとういうべきである。まして、酒類は致酔性を有する嗜好品であるから、その販売が無秩序に放任されてよいものではなく、その観点からも販売が規制されるのはやむを得ないというべきである。
したがって、酒販免許制度を存置するものとしている立法府の判断が、著しく不合理であって、裁量の範囲を逸脱すのものとはいえないから、酒販免許制度は憲法二二条一項に違反するものではない。
(三) 酒税法一〇条一一号は、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため、酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合には、税務署長は免許を与えないことができる旨定めているところ、同号は、一定地域内における酒類に対する需要量は、当該地域に存在する販売場の数にかかわりなく、ほぼ一定していることに照らし、当該地域における酒類販売業者の濫立による過当競争や経営の不安定により、酒類製造者の経営の不安定を招き、酒税確保の困難が生じるのを防止して、適切な需給関係を維持し、もって酒税収入の安定的な確保を図ろうとしたものである。
したがって、同号は、立法府の裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできず、憲法二二条一項に違反するものではない。
第三争点に対する判断
一 憲法二二条一項は、職業選択の自由のみらなず、職業活動の自由をも保障しているものと解すべきものである。
そして、職業の自由を規制する法律の合憲性を判断するに当たっては、当該規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の内容、制限の程度等を比較考慮した上で、慎重に決しなければならないが、規制の目的が公共の福祉に合致するものである以上、そのための規制措置の具体的内容並びに必要性及び合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきである。ただし、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである。
また、憲法三〇条は国民の納税義務を定め、同法八四条は右納税義務の内容が法律によって定められるべきことを規定しているところ、租税法の定立に当たっては、租税収入の確保という本来の目的のほか、総合的な政策判断、専門技術的な判断を要するものであるから、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかなく、租税法の合憲性の審査に当たっては、基本的には、その裁量的判断を尊重せざるを得ない。
したがって、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のためする職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項に違反するものということはできないというべきである。
二 酒税法は、酒類の消費を担税力の表れと認め、酒類にいわゆる間接消費税としての酒税を課したものであるところ、酒税の賦課徴収について、移出課税方式によって酒類製造者にその納税義務を課し(同法六条一項)、酒類販売業者を介しての酒類の販売代金の回収を通じて、その税負担を最終的な担税者である消費者に転嫁するという仕組みによることとしている。
これに伴い、同法は、酒類等の製造者だけでなく、酒類の販売業者についても免許制を採用しているが、右の酒販免許制度は、酒税の納税義務者である酒類製造者による販売代金の確実な回収を阻害するおそれのある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除することによって、酒税の確実かつ安定的な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保することを企図したものである。
そして、酒税が、沿革的にみて、国税全体に占める割合が高く、これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売代金に占める酒税負担率も高率であったことにかんがみると、昭和一三年法律第四八号による酒造税法の改正により、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のために酒販免許制度が採用されたことには、必要性と合理性があったというべきであり、右制度は、酒税の確実かつ安定的な徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた合理的な措置であったということができる。
三 もっとも、その後の社会状況の変化や租税法体系の変遷に伴い、酒税収入の国税収入全体に占める割合等は相対的に低下するに至っている。すなわち、甲一五号証及び乙五号証の一、二によれば、酒税収入の国税収入全体に占める割合は、昭和九年度から昭和四〇年度ころまでの間は、概ね一〇パーセント以上であったが、以後徐々に低下し、一般会計分の決算額における構成比は、原告主張に係る前記最高裁判決において判断の対象とされた酒類販売業免許拒否処分のなされた昭和五一年度には約六・五パーセントとなり、更に、消費税が導入された平成元年度には約三・三パーセント、本件各処分がなされた平成四年度には約三・六パーセントとなるに至ったことが認められる。
このような状況にあって、右最高裁判決の多数意見が指摘したとおり、昭和五一年度を基準としてさえ、酒販免許制度を存置しておくことの必要性及び合理性について議論の余地があることは否定できなかったものである。さらに、その後、消費税等の導入により租税法体系が変化し、酒税の国税全体に占める割合が一段と低下するに至ったのみならず、許認可事務を通じての行政庁による過度の規制を緩和し、経営活動の自由化を求める世論が高まり、流通過程においてはいわゆる価格破壊が進行している。これらの社会状況の変化等に照らすと、現在においてもなお、酒税が酒販免許制度を必要とするほど緊要な税目であるかどうか、既存業者の権利保護という機能が重視されていないかどうかをも含め、立法府が、酒販免許制度を維持すべき必要性及び合理性を再検討するに値する時期がきているものというべきであり、この点に関する原告らの主張には傾聴すべき点がないわけではない。
しかしながら、酒税の国税全体に占める割合が相対的に低下したとはいえ、なお、酒税収入による金額は約二兆円に達し、税目としては五番目に位置すること、酒税収入の額は、数年間にわたって比較的安定した傾向にあることからして、酒税が国税の中で果している役割が決して小さいものということはできない。しかも、酒税は、本来、消費者にその負担が転嫁されるべき税目であるところ、甲一五号証によれば、酒類の販売代金中に占める酒税負担率は高く、平成四年度において、ビール(大びん)では四四・一パーセント、ウイスキー(旧2級クラス)では五〇・二パーセントに達していることが認められる。
これらの点を合わせ考慮すると、前記のような酒販免許制度による酒税の賦課徴収に関する仕組みが、いまだ明らかに合理性を失うに至っているとまではいえないというべきである。これに加えて、酒類は、致酔性を有する嗜好品である性質上、販売秩序維持等の観点からも、その販売について何らかの規制が行われてもやむを得ないともいえる。
以上によれば、酒販免許制度を存置すべきものとした立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできないといわざるを得ない。
四 酒税法一〇条一一号は、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため、酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合には、税務署長は免許を与えないことができる旨定め、同号を受けて、免許取扱要領は、需給調整上の要件として、年度内一般免許枠の算定方法を定めている。
同号は、一定地域内における酒類に対する需要量は、当該地域に存在する販売場の数にかかわりなく、ほぼ一定していることにかんがみ、当該地域における酒類販売業者の濫立による過当競争や経営の不安定により、酒類製造者の経営の不安定を招き、酒税確保の困難が生じるのを防止して、適切な需給関係を維持し、もって、酒税収入の安定的な確保を図ろうしたものである。
したがって、酒販免許制度を採用した前記の立法目的に照らせば、同号を不合理なものということはできず、同号の規定の仕方が不明確で、行政庁の恣意的判断を招くようなものであるとは認め難い。
また、免許取扱要領は、酒類の販売場数と酒類の消費数量の地域的需給調整を行うために小売販売地域を設け、それぞれの可住地人口密度に基づいて格付けた基準人口に基づいて算出した基準人口比率を基に、年度内一般免許枠を確定するという算出方法を用いているが、右の目的を実現するための手段として合理性が認められるというべきである。
五 これに対し、原告らは、酒販免許制度が憲法二二条一項に違反する旨るる主張するので、その主張について検討する。
1 原告らは、酒販免許制度の合憲性を審査するには、その規制が必要最小限度の規制か否かという「より制限的でない他の選び得る手段」の基準によって判断すべきである旨主張する。
しかしながら、前記一のとおり、租税法の定立に当たっては政策的、専門的技術的判断が強く要請されることにかんがみると、酒販免許制度の合憲性を審査する基準としては、その必要性と合理性についての立法府の判断が政策的、技術的裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理でないか否かという基準によるべきであって、原告らの主張に係る厳格な審査基準によって判断するのは相当ではない。
2 原告らは、酒販免許制度の立法目的は、既存の酒類販売業者の既得権を擁護することに帰すものであり、そのような目的が職業の自由を制限する根拠とはなり得ない旨主張する。
しかしながら、酒販免許制度は、酒税の徴収確保という国家財政上の目的のために設けられたものであって、仮に、これによって結果的に既存の酒類販売業者の権益が保護されるという側面が否めないとしても、それは右目的達成のための手段に伴う副次効果というべきであるから、酒販免許制度の目的自体が既存の酒類販売業者の既得権の擁護にあるという所論は失当である。
3 原告らは、酒税以外の間接税である消費税、物品税、揮発油税等については販売業の免許制がとられていないこととの整合性を欠く旨主張する。
もとより、間接税収入を確保するについては、販売業の免許制以外の制度もあり得るところではあるが、前記のとおり、いかなる租税の賦課徴収の仕組みを採用するかは、立法府の専門的、技術的な裁量にゆだねられているものであるところ、他に考え得る制度があることをもって、直ちに、酒販免許制度自体が著しく不合理であるとはいえないというべきである。
4 原告らは、酒税の滞納率は、酒販免許制度の立法時から今日に至るまで極めて低い率にとどまり、大手酒類製造会社が実質的には酒税の約九五パーセントを納税しているという現状に照らすと、酒販免許制度と酒税収入の確保との間には合理的な関連性が存しない旨主張する。
甲一〇号証によれば、酒販免許制度の採用の前後において、酒税の滞納率に顕著な差異は認められないが、酒税の滞納率には、種々の社会的、経済的要因が関係しているものと考えられるから、このことをもって、直ちに、酒販免許制度が酒税の滞納防止効果に効果がないと断定するこきはできない。
むしろ、酒販免許制度は、酒類の販売代金の回収を確実にすることを通じて、酒類製造者の経営を安定させ、酒税の安定的確保を図ろうとするものであり、総体的にみて、酒税の転嫁を容易にするという効果を有していることは否めないものというべきである。
5 なお、原告らは、本件各処分は、原告らの酒類の安売りを禁じるために、酒販免許制度を恣意的に運用したものである旨主張するが、これを具体的に裏付ける事情は、何ら主張、立証されていない。
また、三四号事件原告は、葛飾区内における一年間の飲酒量及び同区の夜間人口を全国の酒類販売業者数に照らすと、同区には四八五場の販売場が必要であるのに、現在一七〇場不足している旨主張するが、右主張は、同原告の独自の計算によるものであり、これを採用することはできない。
6 したがって、原告らの主張は、いずれも失当である。
六 以上によれば、酒税法九条一項、同法一〇条一一号による酒販免許制度は、職業選択の自由を定めた憲法二二条一項に違反するとまでいうことはできないというべきであり、これに基づく本件各処分は、いずれも適法である。
よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却すべきこととなる。
(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 裁判官 森田浩美)